CASE15 愛知県/一宮市(詳細版)


自分たちのできていない点を受け入れ
改善に向けた取り組みを実直に積み重ねる

一宮市のここがすごい!

○丁寧に情報収集し、課題を抽出し、実現可能な取り組みを重ねている

現状把握を重視し、各種アンケート調査などにより情報収集し課題を抽出。その課題解決のためにいまできることを地道に行い、改善を重ねている 

○医師会事務局が主体的に活動し行政機関まで動かす

医療介護連携の推進役となった医師会事務局は、地域資源を集めて地固めを進め、医師会から市への施策提言を実現。連携担当部門の明確化につながった 

○医療・介護資源が豊富で、それぞれが工夫と努力を重ねている

一宮市はもともと医療・介護資源が豊富。それぞれが高い意識を持って創意工夫しており、団結することでさらなる力を発揮


丁寧に情報収集し、課題を抽出し、実現可能な取り組みを重ねている

愛知県北西部に位置する一宮市は、人口38万人を超える県内有数の都市です(写真1)。同市の地域医療は、会員組織率99%を誇る一宮市医師会が強い使命感を持って担っています。会員の結束は固く、医療行政に関しては積極的に一宮市に提言を重ねています。その意味で、「行政任せではない医師会」を自称しています(写真2、3)
一方で、会員一人ひとりの自立もまた進んでいます。在宅医療に関していえば、従来から多くの医師が高い意識とスキルを持って個別に活動しています。在宅医の活動もまた医師会任せではないのです。訪問看護や訪問介護など在宅医療・ケアに取り組む各種事業所も同様で、それぞれが活発に活動しています。

写真1◆市の中心部に建つ一宮市役所


写真2◆一宮市医師会館。1階は一宮市休日・夜間急病診療所と一宮市中保健センター、2階には一宮市医師会、一宮市歯科医師会、一宮市薬剤師会の事務局が並ぶ


写真3◆一宮市医師会館エントランスから中庭を望む。中庭は市民の憩いの場でもある


全体としてのまとまりのなさ、在宅看取りの遅れなどを自覚

ただし、地域全体としてのまとまりは、近年までほとんどありませんでした。そんな中、医師会担当理事(以下、担当理事)をはじめ一部の在宅医から「個々バラバラでは将来の超高齢社会を支えられない」との声が少しずつあがるようになり、在宅医療連携拠点事業の通知をきっかけに2013年6月、「地域包括ケア検討委員会」を組織、医師会初の「在宅医療に関する会員意識実態調査」により現状把握に努めたのが在宅医療・介護連携事業に向けた最初の取り組みです。このときは訪問診療や看取り件数、死亡場所の傾向などを分析。地域全体では病院死が多く、看取りを含めた在宅医療は思ったほど進んでいないといった実態を把握し、課題として認識しました。

「行政不在」も大きな課題

地域包括ケア検討委員会は、担当理事が音頭をとり、医師会長、在宅医療担当理事、強化型在支診医師に加え、一宮市の担当者として高年福祉課職員に参加してもらいました。しかし、いまでこそ密に連携できている同職員も、当時は一貫して「医療のことは知らない」というスタンス。対して在宅医からは「市として何のビジョンもないのか」といった声があがるなど議論はかみ合いませんでした。この時点で医師会は「行政不在」を確認し、これもまた課題と認識しました。初めの半年間の委員会活動で唯一得られた結果は、一宮市が在宅医療連携拠点事業へ手挙げをすることで一蓮托生、という確約だけでした。
なんとか受託した在宅医療連携推進事業は、実務のすべてを医師会が担うかたちに。専任担当者となった医師会事務局次長は、医師会に在宅医療のノウハウがなかったことから、担当理事の「とにかく既存の組織や人材の知恵を結集することが先決」との考えのもと、強化型在宅療養支援診療所のグループをはじめ市内3つの組織に協力を呼びかけました。

「見える課題」を徹底的に洗い「見えない課題」を抽出


在宅医療に関する会員意識実態調査では、「在宅医療に取り組む意向はあるが実施困難」と感じている会員が2割いることがわかりました。そこで、この2割を主なターゲットに在宅医療の裾野拡大に努めましたが、思うような成果が得られませんでした。しかし、意外な収穫がありました。在宅医の参加が堅調だったのです。このことに気づいた担当者は、理由を把握すべく個別に意見を聴取し、「他の在宅医に関する情報がほしかった」「多職種とのかかわり方がわからなかった」など、在宅医の悩みを理解しました。担当者はこれを「見えない課題」と呼び、「アンケート調査などで浮かび上がるのは見える課題です。もし見える課題が解決できなくてもすぐに諦めず、しっかり洗うと、潜在的な(見えない)課題が見えてきます。いまでは、この見えない課題までたどり着いてはじめて課題抽出といえるのだと考えています」と話します。

POINT!上半期の地道な活動がターニングポイントに

認識のずれから何かにつけ対立が生じてしまう状況を改善し、建設的な議論の場をつくりたいと考えた担当者は、事業の上半期(2014年1〜8月)が終わるまでに、在宅医療の実践者を一人ひとり訪ねて意見を聞いたり、それをもとに在宅医療担当理事と話し合って善後策を講じたりして改善を重ねていきました。「この間に無理矢理事業を進めるのではなく、多様な意見に耳を傾けたことで現状と課題が把握でき、その後の事業を適切に進めることにつながりました。上半期はまさにターニングポイントでした」と担当者は振り返ります。


医師会事務局が主体的に活動し行政機関まで動かす


さまざまな苦労を経て下半期(2014年9〜2015年3月)になると、少しずつ成果が出始めます。この時期の代表的な大きな動きとして一宮市への施策提言があります。活動初期に行政不在を確認した医師会内に「いずれ行政を動かさなければ」という意識が生まれ、検討を重ねた結果、201412月、医師会長から市長(医師)へ直接、提言書を渡しました。提言の主な内容は図2の通りです。

図2◆「在宅医療・介護連携のための提言」の概要

行政組織が変わった!

市長に提言を渡した翌春、一宮市高年福祉課は再編され、医療介護連携事業の担当課が明確になりました。在宅医療連携拠点事業は、2015年4月には在宅医療・介護連携推進事業に移行しましたが、基礎固めができていたことから、その後は大きな問題はなく、ア〜クの事業を市と医師会が役割分担して着々と進めています(写真4)


写真4◆連携して事業を進める各機関・職能団体対表の皆さん


医療・介護資源が豊富でそれぞれが工夫と努力を重ねている

一宮市はもともと地域の医療・介護資源が豊富です。それが、在宅医療・介護連携推進事業に取り組んだことにより、さらに充実してきています。事業開始2年目からは、「在宅医の裾野拡大」の方向性を切り替え、「在宅医の悩みに応える企画」に注力。結果として在宅医療の充実につながっています。訪問診療実績は、2014年の年間3万2000回から、2017年の4万3000回に増加。また、訪問看護ステーションは事業開始前の20から36まで大幅に増加しています。給付ベースで見ると2倍以上の伸び。訪問看護への理解が進み、ニーズが高まっていることの表れです。

事業を通して点から面に

地域資源の調整機能を設け、介入のポイントを絞り、連携しやすい環境づくりにも努めました。特に重視したのは、①情報共有、②関係構築、③体制整備の3つ。介入の成果を図3に示します。


図3◆在宅医療連携拠点事業による介入の成果。青色は従来、赤色・緑色が介入後で、介入により連携の好循環が生まれていることがわかる

一宮市地域連携アセスメントシートで情報共有

こうした活動を充実させるためのツールの1つに、「一宮市地域連携アセスメントシート」(図1)があります。これは医師会主導で作成したもののうまく活用されなかった2枚綴りのバージョンを、医師を交えない多職種による検討会議でつくり直したもの。5回にわたる議論の結果、1枚の簡易なものを作成したところ急速に普及。改善も重ねられ、2018年6月現在、市内の大多数の介護支援専門員が活用するに至っています。

図1◆医師以外の多職種会議で内容をまとめ改訂を重ねている一宮市地域連携アセスメントシート(一宮市医師会ウェブサイトよりダウンロード可)http://www.ichinomiya.aichi.med.or.jp/home_healthcare/support/ 



POINT!成功体験を重ねる

医師を交えない多職種グループで作成したアセスメントシートが広く地域に受け入れられたことは、貴重な成功体験となりました。これを機に、同様に多職種による会議体を組織し、課題解決にあたることが増えました。このように成功体験を重ねることは、事業を進めるうえでとても重要です。できることを積み重ねること、それが事業の継続につながるのです。


連携の課題、対応、今後の展開を一覧表示


一宮市では、2013年からかかわっている有識者のアドバイスもあり、随時実態把握を行い、目指す方向性を示し、活動を計画し、取り組み、評価をして、また新たな活動に向かうという活動がいまも地道に展開されています。2018年3月には在宅医療・介護連携に関する課題と対応状況をカテゴリ別に一覧表にまとめました(図4)2016年に市内約500の関連機関すべてに調査シートを配布し、539人から寄せられた約1300のコメントを集約したもので、抽出された課題は35項目。うち半数は在宅医療・介護連携事業により対応し、一部は今後の見通しも立っています。しかし、結果が得られず継続が必要なもの、変更の必要なものも多く残っています。未だ未対応の13項目についても関係者で知恵を出し合い、解決していく予定です。

図4◆在宅医療、医療介護連携の課題および対応状況(一宮市医師会)

関係機関の役割

医師会:地域医療の担い手としての使命感が強く、医療に関する取り組みのほぼすべてでリーダーシップをとっています。会員数は約600名。うち開業医は約240名で、この半数が在宅医療に取り組んでいます。
市:医療・介護連携の担当部署を設置し、医師会と協力しながら事業を進めています。

その他の活動情報

●在宅医療連携拠点事業を受託した2014年に「訪問看護ステーション連絡協議会」が発足。
一宮市には、地域づくりをともに進める町内会の連合体である連区という区域が23区あり、住民啓発などはこの連区単位でも実施。
指定居宅介護支援または指定介護予防支援を実施している事業所の団体「ケアマNET一宮」は2001年発足。入会率は97%。
「ケアマNET一宮」と「一宮SW連絡会」では、入退院におけるケアマネジャーと医療機関の連携強化を目指し、対象をケアマネジャー(管理者など)とMSWに絞った研修を実施。

地域DATA(一宮市)

面積:113.82k㎡
人口(2015年国勢調査):380,868人
高齢化率(2015年、65歳以上):25.70%
一般診療所数(2017年10月現在):207
病院数(2017年10月現在):16

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