CASE13 千葉県/匝瑳市(詳細版)
20年前に12名の在宅医仲間で手づくりした
「在宅患者24時間支援システム」をいまも継続
匝瑳市のここがすごい!
○「家にいたい」という患者の思いに応えて支える仕組みを手づくり
介護保険制度施行前、主治医不在中に在宅で亡くなった高齢女性のケースを機に、在宅医仲間で話し合い独自の支援システムを考案
○納得できるルールとフレキシブルな対応
連休の当番や緊急対応のルールを定める一方、自由裁量による対応も尊重。また医師の個人的関係も活かして現実的な支援を実践
○医師がコミュニティの一員として地域のお祭りなどでも活躍
在宅医には地元診療所の2代目、3代目が半数以上おり、お祭りなどのイベントでも活躍。地域を熟知し、日頃から職業や年齢を超えて活発に交流
○ 「家にいたい」という患者の思いに応えて支える仕組みを手づくり
市内の自宅で療養していた高齢女性の家族から、「おばあちゃんが死にそう。でも先生(主治医)と連絡がつかない」と、行政保健師に連絡があったのはいまから20年以上前のこと。このときはたまたま相談を受けた医師が急遽対応し、無事、在宅で看取りましたが、この出来事をきっかけに八日市場市匝瑳郡医師会(当時)内では、「今後、同様のケースがあった場合にどうするか」が議論になりました。皆で話し合った結果、同医師会在宅ケア委員会の12名の仲間たちが、互いに不在時の対応を補完し合うための仕組みをつくることで意見が一致、体制づくりがスタートしました。
最初は専用カバンやファックスを活用
独自の仕組みである「在宅患者24時間支援システム」が完成したのは1999年。メンバーが1週間ごとの輪番制で当番医となり、病院でいう当直医のような機能を果たす、という基本概念はいまに通じます。当初は専用のカバンに、地域の在宅患者の診療情報を蓄積した「在宅患者データファイル」、旧市町村ごとに住宅地図中の在宅患者宅に印をつけた「動態地図」、医師間で情報をやり取りする「連絡用ノート」、共用の「携帯電話」の4つを収納し、このカバンの受け渡しにより当番医を交代していました。診療情報は、最初に主治医から医師会事務局にファックスで送信し、さらに事務局から当番医に送信するという方法で共有。タイムラグの発生や事務局の負担増、カバンの引渡しなどいくつかの課題はありましたが、わかりやすさもあってすぐに定着しました(図1)。
図1◆スタート当時の「在宅患者24時間支援システム」の概要
2002年にIT化。人事管理システムを応用
その後、関係者の負担減やスピードアップを目指し市販のDBソフトを使ってIT化にチャレンジ。千葉県医師会の補助金と、NTT東日本の協力を得て、2002年4月には独自の情報ネットワークを構築し運用開始しました。2007年には現在宅患者24時間支援システム担当理事が主導し、情報通信業務の経験を持つ知人の協力も得て一般企業などに導入されていた人事管理システムの仕組みを応用し、メンバー全員と後方支援病院、24時間対応訪問看護ステーションがパソコンを持って、ID・パスワードにより専用サーバにアクセスして情報を共有するようになりました(図2)。12名でスタートしたメンバーですが、パソコンの使用を負担に感じた高齢医師の辞退や医師会組織再編などもあり、現在は10名の開業医、3つの後方支援病院、1つの24時間対応の訪問看護ステーションで活動しています。
図2◆2002年に構築し現在も運用している「在宅患者24時間支援システム」概要。現在は10の診療所(医師10人)がメンバーになっている
POINT!シンプルだからアナログ世代でも使いやすい
20年前とは時代も変わり、ICTはますます進歩していますが、同医師会のシステムは極力シンプルにし、いまもDBで共有する情報は診療情報など最小限にとどめています。たとえば訪問看護師やケアマネジャーからの連絡は専用シートに記入しファックスでやりとり。画像の登録などもできないようになっています。いくらでも搭載できる機能をあえて載せないことで、アナログ世代の医師でも使いやすくしているのです。なお、担当理事は現在60歳。数年前に1人の40代医師が参入するまで在宅ケア委員会で最年少でした。
写真1◆在宅患者24時間支援システム担当理事が院長を務める診療所。明治時代から3代にわたり100年以上地域医療に取り組んでいる
○ 納得できるルールとフレキシブルな対応
「在宅患者24時間支援システム」を運用するにあたっては細かなルールも定めています。たとえば当番医の出番は主治医の不在時に限定。また、年末年始(12/29-1/4)とゴールデンウイークの当番は概ね10年に1回ずつ平等に巡ってくるようにスケジュールを組んであります。連休の当番にあたった医師は直前の当番1回を免除。1回の当番期間は1週間で、交代時間は祝日の多い月曜を避けて火曜9:00に設定しています。対象患者は「寝たきりで通院できず、在宅医療を希望し、主治医との間でシステム登録に同意した患者」です。
システムを使わない対応も自由
当番医の順番変更や、緊急時に仲の良いメンバーに患者を託すといったシステムを使わない対応も、お互いの同意さえあれば自由です。「主治医とは何か」といった深い定義は共有しようとせず、お互いの信念も尊重してフレキシブルに運用しています。市内に3つある後方病院の院長も医師会仲間で病診連携も密ですから、患者が希望すれば当番医を頼らず入院の手配をスムーズに行えます。近年は、当番医が実際に診療に出向くケースは年間10回前後で推移。参考データとして2014年7月から1年間の実績を図3に示します。地域全体として在宅看取り率が高く、当番医の活用も比較的頻繁であることがわかります。
図3◆1年間の実績例(2014年7月1日〜2015年6月30日)
POINT!組織が変化しても仕組みは旧来のまま継続
千葉県匝瑳市は2006年に旧八日市場市と野栄町が合併して誕生しました。これに伴い、旧匝瑳郡光町も入っていた「八日市場市匝瑳郡医師会」から同町の医師が抜け、2008年に「匝瑳医師会」に。さらに2016年には隣接する旭市の旭医師会と合併し、「旭匝瑳医師会」となりました。このように医師会組織は変化していますが、在宅患者24時間支援システムは変わらず継続。旭市民は基幹病院に主治医を持つ人が多いこともあり、システム統合は特に進めていません。
○ 医師がコミュニティの一員として地域のお祭りなどでも活躍
これまで紹介してきたシステムの構築、IT化、周辺のルールづくりまで、最初は1人のメンバーとして、その後担当理事となってかかわってきた旭匝瑳医師会理事は、地元出身で職業や年齢を超えてさまざまな住民と交流しています。地域のお祭りなどにも積極的に参加し、歴史的に医師には免除されてきた自治会役員も経験しています。同医師会には、市内の診療所の2代目、3代目も多く、それ以外の医師もそれぞれが同様にコミュニティの一員として、医療以外の分野でも地域で活躍しています。医師である前に住民としての信頼関係を築いており、これがコミュニティケアの活性化にもつながっています。
医療・介護連携も人間関係を重視
人間同士の信頼関係を重視する姿勢は、医療・介護連携でも同様です。たとえば医師とケアマネジャーの連携促進の機会としては、地域包括支援センター主催の「医療と介護の連携会議」などがありますが、匝瑳医師会では、こうした会議の前に飲み会を設定。まずは宴席でとりとめのない会話をし、カラオケでデュエットなどもし、お互いの人間性に触れることで話しやすい雰囲気をつくります。その後、会議を開くと、緊張感がなく、ケアマネジャーも積極的に手を挙げて発言してくれるといいます。
行政も交えた「在宅ケアフォーラム」
在宅医と行政の連携の舞台は、1996年から年に1回実施している「在宅ケアフォーラム」が中心です。これは、匝瑳医師会、匝瑳市高齢者支援課、同健康管理課、の3組織が協働し、主導する担当は持ち回りで実施しているもので、20年以上にわたる活動の中で、顔の見える関係づくりも進んでいます。ただし、旭匝瑳医師会「在宅患者24時間支援システム」に対する市からの資金的な援助はありません。千葉県も同様で、行政の支援事業が始まる以前にできた仕組みあることが理由のようですが、今後も医師会の持ち出しで続けるべき活動なのかは、関係者皆で考えていく必要がありそうです。
関係機関の役割
医師会:地域の保健・医療・福祉活動に熱心で、在宅医療には特に力を入れています。市:「在宅ケアフォーラム」の共催など以前から医師会と連携して活動しています。
医師会・市ともに多職種協働に積極的です。
その他の活動情報
●匝瑳医師会では病診連携・診診連携・コメディカル(訪問看護含む)との連携の場として、1995年より年1回以上「八匝勉強会」を開催。● 匝瑳医師会在宅ケア委員会では、訪問診療に取り組む若手医師を育てようと同行訪問なども実施。
● 匝瑳市内の訪問看護ステーションは3つ。うち2つが24時間体制。
地域DATA(匝瑳市)
面積:101.52k㎡人口(2015年国勢調査):37,261人
高齢化率(2015年、65歳以上):32.00%
一般診療所数(2017年10月現在):22
病院数(2017年10月現在):3